
~対人支援の熟成 ⑭~
~「nhk100分de名著・ボーヴォワールの 老い を読む。上野千鶴子著・2021.7刊」を読んで ~
対人支援の熟成 ⑬に続いて、ボーヴォワール(1908-1986・フランス人)の「老い」について書きます。
この本を書いたボーヴォワールは、文明社会でありながら、老人を厄介者扱いする(文明のスキャンダル)
のは、個人の問題ではなく、社会の問題だと述べています! 世界の高齢化の中で先駆的な本です。
老いの冒険に出かけるSW(ソーシャルワーカー)は、死ぬまで修業のようです。
友人からメールが届きました! “この経済というゲームに振り回されているのが、現状です”
“未来に不安を持つのではなく、今を生き切ることで未来はよくなります。どう生き切るかは覚悟が必要です。この実践(取り組み)こそが 答え だということが、ようやく分かってきました“ と。
自分は老いの渦中にいます。
“投票に行くよ” と、介護付き有料ホームで暮らす母(100才)に入場券を届けたら、軽く言いました。
選挙公報を渡し、誰に投票するか決めておいて、と。スタッフも事前勉強をしてくれたみたい。でも決まりませんでしたが。 2.8 投票所では、小選挙区・比例代表(政党名)・最高裁裁判官2名の信任が、うまく整理できなかった様子。 認知症の現状が見えました。 そのあと、お墓参りに行きました。
介護保険が始まって25年。
ミャンマー人女性スタッフがいます。入所者が一番笑顔になったのは中学生ボランティアが来た時です。
現場は外国人なしでは無理なのが現実・介護施設がいろいろな人が住む地域の中にあればいいな! と思わせてくれるエピソードです。
20代唯一のミャンマー人スタッフを育てているのは、老人ホームのスタッフたちです。
日本語もめきめき上手になってきました。人あたりが柔らかいのは、ミャンマーで身に着けたものです。
負の側面も見えています。
- 高齢&少子化の中で、介護現場には外国人が必要です。 どうプロに育てるのか?
- 私は月3回くらい面会に行きます。定員20人。一緒に食事をし、お茶の会をし、体操やゲームをし、生活しています。 しかし、ほとんど面会に来ない方もいるようです。
- 有料ホームは月16万円ほどかかります。年金で払えない人もいるでしょう・・・。
「老いの扱われ方」
“時代や地域、社会構造、社会的属性によって、 老いの扱われ方 が異なるのは事実です。
ドナルド・カウギル(アメリカの人類学者)がまとめた比較老年学の知見を紹介します。“ (p.34)
- 老人の地位は近代化の程度に反比例する。(地位が下がる)
- 老齢人口の比率が低いほど老人の地位は高くなる。
- 人の地位は社会の変化の速さに反比例する。(早いと下がる)
- 定着社会は老人の地位が高く、移動社会では地位が低い。
- 字を持たない社会では老人の地位は高い。
- 大家族ほど老人の地位は高い。
- 個人主義化は老人の地位を低下させる。
- 老人が財産を持っている所では老人に威信がある。 など。
● 老人の扱われ方のいいとこ取りをするには、どうするのか? 若年人口を増やす、でしょうか?
日本の社会に、非正規・派遣が増え、下層階層を形成し、結婚・出産にも悪影響を与えています。
外国に工場を移転し、安い労働力を確保し、製品を逆輸入する。移民が増えることへの防衛でもありました。(国際結婚が当たり前になりました) それらが、少子化の背景にあるものです。
戦後、国外へ移民した人が断トツに多いのは、沖縄県です。戦争と差別の結果です。
目先の利益を求めるあまり、持続可能な循環型の社会が不安定になっています。
循環型地域経済と、情報やサービスや再生可能エネルギーの輸出と、自由貿易が、いいみたいです・・・。
「認知症と、高齢者の住まいに対する、ボーヴォワールの先進的な理解」
「認知症患者の反社会的行動について、こういう解釈をしています。老人たちの態度の多くは抗議的性格をもつが、それは彼らの境遇が抗議を必要とするからである。近親者に対しては、彼らが遺恨から神経症的とも見える振る舞いをするが、実際にはそれらは攻撃あるいは自己防衛の行為である。
老人によくみられるあの異常行為、放浪も同様である。自分の家で満足な役割を与えられないので、祖父さんは家族の者に告げずに幾日も彷徨して過ごす。彼は自分が何も求めているのか知らないのだが、何かを探し求めているような気持になっている。
老化の正常な随伴機能低下と、病理学的な性格をもつ異常とのあいだに、一線を画すことは、現在でもしばしば困難である。
この当時、老人性痴呆は手に負えない精神障害と思われていました。」(p.85)
「次に検討されるのが、息子と父、娘と母の関係につて。 父は自分と権力関係が逆転した息子にひけめを感じる一方で、息子は父を粗略に扱います。 母親に対しても娘は怨恨を抱いており、娘たちの態度は息子の父親に対するそれと類似している。 では一人暮らしの老人たちはもっとも悲惨である。」
ボーヴォワールは、高齢者の住まいが集合住宅の中にあって他の年齢の人たちとまじりあって暮らせばいいと言っています。 認知症に続いて、またしてもボーヴォワールの先見性に驚かされます。
上野さんは、「私自身、高齢者施設やサービス付き高齢者向け住宅には住みたいとは思いません」と。(p.93)
● ボーヴォワールは、一人称で描き切っているんですね。すごい! 今でいう、当事者研究でしょうか?
「文明のスキャンダル」=文明の挫折は、老いを、認知症を、受容するところから 始まります。
高齢化に伴う認知症への理解と、いろいろな年齢の人たちが交わる包摂社会。
「ポジティブな老い」
ボーヴォワールはポジティブな老いの例を書いていて、バートランド・ラッセル(イギリスの哲学者)です。「ある種の老人には、なにかしら不屈なもの、さらには英雄的でさえあるものが存在すると言ってます。
一生を通じて危険を冒すことをためらわなかった人で、その大胆さが晩年になって一段と光輝を増す場合もしばしばある」(p.49)
● 私たちもそうなれるでしょうか?
ポジティブな老いを生みだす文明とは?
無償の愛を受け継ぐこと、お互いをリスペクトすること、一生 冒険することをためらわない、
でしょうか?
「ボーヴォワールの性愛生活について」
「ボーヴォワールの性愛生活について触れておきましょう。
サルトルから、“僕たちの恋は必然だが、偶然の恋も知る必要がある” と言われ、39才の時 ネルソン・オレグレン(アメリカ人作家)に出会い、心身ともに彼に溺れます。(彼の欲望が私を変貌させた)
もう一人の恋人は、44才から関係したクロード・ランズマンです。生涯で唯一 同居した男性です。
ボーヴォワールが実践し続けた自由は、正直さは、本人にとっても周囲にとっても残酷なものでした。
そういった彼女の思想と実践がなければ、規範によって抑圧される老人の性というものをここまで総体的でかつ綿密に書くことはできなかったでしょう」 (p.73)
● 残酷な自由? 私が諒解するのは難しい・・・。
諒解できたのは、フランチェスコ・アルベロ―ニ(イタリアの社会学者・2023死去)の言葉です。
~「エロティシズム」(アルベロ―ニ著・泉典子訳・中央公論社・1991年刊)より。(p.176)
「深い友情から生まれる恋愛は常に発見である。自分の相手が突然、恋するものだけが人間の中に発見できる神秘を、体現しているように見えてくる。この種の恋愛は、構造の上でも、体験の性格の上でも、未知の二人の恋愛とまったく同じ性格を持っている。けれども長い間の友情によって、何かしら高貴なところ、生成の過程にふさわしい貴重な特性が、さらに付け加わっている。
友情から生まれた恋愛は、この段階をすでに経てきている。私たちは相手の限界も美点も知っている。
何よりもまず、相手を信頼している。 生まれた恋愛が信じられるのは、相手への認識、相手への無言の倫理的信頼感があるからだ。恋愛は動揺であり、恐れであり、感動であり、嗚咽であり、相手と一体になりたいという、言葉にならない欲求である。しかしその傍らに、友情がもたらした相互の信頼感と、相手の自由を尊重しようという気持ちがある。友情から生まれた恋愛は、だから、より澄んでいて、凛としている」
(田中敏夫記)

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