書籍紹介

「発達障がいとトラウマ ~理解してつながることから始まる支援~」を読んで

「発達障がいとトラウマ~理解してつながることから始まる支援~」を読んで
(小野真樹著・金子書房・2021刊)~2022.10・田中敏夫記~

*著者紹介
1971年生 現在、愛知県医療総合センター中央病院・子どものこころ科医長。
2001年 医師免許取得・児童精神科医。

●この本を知ったのはこの8月でした。小野真樹さんの講演会に参加した人から話を聴き、この本を知りました。
まず本のサブタイトル、“理解してつながることから始まる支援”に惹かれました!
著者はこの本を、「複雑に絡み合う発達障がいとトラウマ。その関係の謎を解き明かし、どのように支援して解決するかについての、道しるべを示した本」と述べています。
最初の取り組みは、受け止めてくれる支援者を捜すことから始まります。
理解しない支援者・理解できない・否定から入る支援者が多いのです。
そして、著者はトラウマ(解離)に視点を当てつつ、医師でありソーシャルワーカーでもあると言った方がいいような、支援・連携を具体的に説いています。
トラウマに対応しても、その奥から新しいトラウマが出てきたりします。
「パンドラの箱」を開けるときは、覚悟が必要だと思ってきました。「身体知と言語」の著者・奥川幸子さんもそう教えてくれました。(2007刊・中央法規出版)
愛着形成を進めるには、最初は1対1の関わりが必要です。一貫性を持って関わり、愛着を子ども自身が内在化するように取り組みます。
発達障がいとトラウマの子どもたちのニーズに応えるには、柔軟で多様な関わりが求められています。その中で、支援者とそのチームと親も成長させてもらえます。

この感想文は、この15年間 対人支援の活動をしてきて、このようなケースに悩んだり・困ったり・考えてきたことを下敷きにして、書きました。
杉山登志郎医師が〈序文〉を書いています。あいち小児センターでの取り組みを書いた杉山さんの本を3冊読みました。(「児童虐待という第四の発達障がい」など)
発達障がいという診断があるのみで、虐待・トラウマという視点で受け止められていない子ども達が多いと感じてきました。グレーゾーンと感じる子どもたちも・・・。
“愛情不足”と感じる子どもたちに、愛情を注げる支援者が少ないのです。
「距離を取る」「深く関わらない」と思っている支援者が多いのです。でも相談者は見抜きます。
私は最初に、“君のことを餓鬼扱いはしないよ。一人の人間として向き合うから、君もそのつもりで向かい合ってほしい”と言います。
相手が嫌がらない限り、深く関わります。靴を脱いで、心の扉をノックし、お邪魔します。それでないと、相手を理解することはできないと思います。
多くの人々に少しづつ依存することを相談者に勧めます。支援者にどっぷり依存し、最後は支配しようとすることには同意しません。
虐待体験を語れなくて、フラッシュバックに苦しむ人も多いです。
そうしたことに気づいた支援者が孤立すると、バーンアウト(燃え尽き)する人も出てきます。

トラウマを中心に発達障がいの臨床をまとめた本や、杉山さんの本や、ベッセル・コーク著「身体はトラウマを記録する」を読みました。
この15年間の対人支援への問題意識を持っている医師や支援者は少ないと感じてきました。著者は、「どう支援し、解決するかの道しるべ」と言っています。
困ったときに読み返したいと思います。

〇 この本の序文を杉山登志郎医師が書いています。
“小野先生はあいち小児センターに来て、発達障がいとトラウマがゴチャゴチャになったこどもと親の治療に、一緒に取り組んできました。発達障がいの本はあまた出ていますが、トラウマとの複雑な関係をきちんと押さえ、トラウマを中心にその臨床をまとめた本は見当たりませんでした。つまり最も重症な例について検討した本がなかったのです。さあページを開き、対応を学んでいきましょう。”(本書序文より)

〇 小野さんは最後の〈おわりに〉の中でこう述べています。
“筆者は杉山さんが活躍されていたあいち小児保健医療総合センターで研修を受け、そこには、発達障がいとトラウマが混在した、複雑で困難な問題を抱えた、たくさんの子どもたちとの出会いがありました。そこで二つの重要なことを学びました。
① 子どもを治療するなら、必要に応じて、親の治療に踏み込むことをためらってはいけないということです。
② 難しい問題の背景には、治療者が把握していない「トラウマ」の問題が隠されているかもしれないということです。
臨床家としての成長は、ある意味、「トラウマ治療」とともにあった。最初は患者のドラマティックな変化に感嘆し、そのあとから解決すべき問題は、実はそんなに簡単ではなかったと気付かされました。なぜなら、トラウマの棘は抜けたと思ってもその奥にまた別の棘があり、次から次へと新たな問題が噴出してきたからです。”(p.208)

〇 “本書では、子育てで発生する困りごとの理由について、「発達障がい」と「トラウマ」が織りなす「相互作用」という視点で考えてみたいと思います。
そして、発達障がいとトラウマの両方が、お互いに影響を及ぼしあいながら問題を引き起こしている、ということがとても多いのです。”(p.4)

〇 “特性にあわせた、無理のない方法で取り組むことで見えてくる「可能性」もあります。
それにはまず、自分が抱えている苦手さについて知り、受け入れるということが必要なのです。”(p.25)

〇 “トラウマとは、強すぎる苦痛な感情を経験したことが原因で、感情をコントロールするための脳の仕組みが、正常に作動しなくなってしまった状態のことです。
トラウマがあると、様々な精神的な症状が発生します。それを解決するためには、背景にある、本人からは語られることのない、目に見えないこころのなかでの出来事を理解することがとても重要です。”(p.29)
“そして、代わりに「不動化システム」が作動します。このとき、まるで幽体離脱のようにこころが身体から切り離されたかのように感じることがあります。これを「解離」といいます。”(p.46)

〇 “トラウマの長期的な影響として、「慢性的な解離」が出現することもあります。
慢性的な解離とは、記憶や意識が錯乱されて大事なことが思い出せなくなってしまったり、自分の中にあたかも別の人格が棲んでいるかのような感覚が生まれてしまったりすることです。”(p.51)

〇 “自閉症スペクトラムのある人と、アタッチメント障がい(*愛着障害)がある人が抱えている「困りごと」には、共通点があります。どちらも「つながること」がうまくいかなくて、困っているのです。「つながる」ためには、相手が「敵」ではなく「味方」であると知る必要があります。しかし、ただ言葉で知るのではなく、身体とこころの全体を使って、直感的に感じ取る必要があります。”(p.67)

“このように、自閉症スペクトラムなどの発達障がいと、アタッチメント(*愛着)の問題は、しばしば混在していて、両者を明確に区別することは困難です。しかし私たちが目指していることは「診断」を下すことではなく、「困りごと」を解決することです。
その目的は、加害者を特定して責めたり復讐したりすることではありません。
こころの中で起きている混乱のメカニズムを正確に把握することによって、適切なタイミングで適切な支援を行いやすくすることなのです。”(p.71)

〇 〈最初の出会いで必要なこと〉(p.72)
“困りごとを抱えた子どもや家族が支援を求めてやってきたとき、最初の出会いが大切です。もしも子どもに、何か求めるべきことがあったとしても、最初からそれを指摘しては、うまくいきません。なぜなら、十分な信頼関係ができていないと、適切な指導も「敵」の襲来であるかのように、子どもの脳が誤認識してしまう可能性があるからです。
そうなってしまっては、意図した通りの指導の効果は期待できないからです。”

〇 “では、子どもの育ちで何か困ったことが起きたとき、育ちの順序に従って、どのように解決を考えればよいのでしょうか。
① 支援を提供する側が、子どもの特性を理解して、情動操作も使いながら「信頼関係」を構築するということです。
② 「罰」と「ご褒美」の原則も活用しながら、社会のルールに従って生きていくために必要な分別を教えて、「切り替えの力」を身に着けるということです。
③ 恐れるべき相手と信頼すべき相手を自分の意思で判断し、生活の安全を守るための決断を自分で下すことができるような、「自立心」を身に着けるということです。(p.98)
この順序は、子どもが発達成長するときに乗り越えていくべき課題の順序と同じです。(①乳児期から幼児期前半 ②幼児期から学齢期 ③学齢期・思春期から生涯をかけて発見していく)
仮に実際の年齢が中学生や大人だったとしても、場合によっては乳児期の課題にまでさかのぼって、そこから修復を始める必要があるかもしれないです。”(p.98-99)

〇 〈困りごとの背景にある家族の歴史〉
“発達障がいやトラウマの問題が、ひとりの子どもだけの問題として完結していることはめったにありません。多くの場合、家族全員が少しづつ問題を抱えていて、互いに影響を与えたり巻きまれたりしながら、それぞれが複雑に絡み合って、解決が難しくなっているのです。”(p.102)
“発達障がいを早期に診断することの意義は、それによって育ちを改善させるための「早期介入」が可能になるということです。
しかし、苦手さや特性の根本を訓練によって消失させることはできません。「理解して受け入れる」ことによって、その子どもが、その子どもらしく育っていけるように支援するということも、重要な早期介入のひとつなのです。”(p.116)
“このとき支援者はその気持ちを汲み取って、「もっかいやる?」と聞いてみます。すると「もっかいやる!」とオウムがえしをするかもしれません。そして、このように、自覚的なコミニュケーションとして使用された言葉は、より記憶に定着しやすいのです。”(p.120)

〇 〈細分化してスモールステップで進む〉
“既存の「枠」を乗り越えて「困りごと」を克服するために戦略として、「スモールステップ」という方法があります。つまり、解決しなくてはいけない課題を、「細分化」してひとつひとつこなしてゆけばよいということです。”(p.142)
〈全体像の見通しをもつということ〉
“課題を細分化して、スモールステップで解決するためには、しばしばその全体像についての見通しを持つことが必要です。なぜなら見通しがあれば、途方にくれてしまいそうな困難で大きな問題も、小さなたくさんの問題の組み合わせのように見えてくるからです。そしてそのひとつひとつを細分化して、少しづつ解決すればよいのです。”(p.145)

〇 〈トラウマのフラッシュバック〉
“フラッシュバックとは、日常の些細な出来事がきっかけとなって、過去の苦痛な体験の記憶が蘇ってしまったり、苦痛な感情が再現されてしまうことです。その発生を当事者が、自分の意思でコントロールすることはできせん。”(p.156)

〇 〈制限は理由がわかりやすい方がよい〉
“子どもたちの生活の安全を守るためには、その原因が何であれ、危険で不適切な行動は、ときには強力な「外側の枠」の力を使って阻止することが必要です。”(p.161)

〇 “発達障がいとトラウマが混在した問題を解決するとき、子ども本人の立場だけを考え支援するだけではしばしば不十分です。たとえ支援者の役割が子ども本人への支援であったとしても、家族や養育者の立場も理解して、幅広く柔軟な視点を持つことが重要です。”(p.174)

〇 〈トラウマ治療のトップダウンとボトムアップ〉
“トラウマとは、地面の奥深くに眠っている「マグマ」のようなもので、それを少しづつ掘り出して、解放する作業であると理解することができます。
多くの支援者たちは、このような専門的な技法を習得していなくても、日常生活の中でフラッシュバックを体験している当事者と直面し、その対応を迫られることがあります。そしてこのような日常的なやり取りが、無意識のうちに、トラウマへの治療的介入となっていることも少なくはありません。”(p.183)

〇 〈発達障がいのある子の思春期と自立〉
“発達障がいのある子どもたちも、思春期を迎えるころには自立して巣立つための道を探さなければならなくなります。 その特性による「苦手さ」のために、まだ十分な準備ができていない状態でも、前進を迫られるということは少なくありません。
あおむしは成長するとその姿を変え、蝶々となって飛び立っていきます。しかしその過程では、「さなぎ」になって活動を休止する期間が必要です。
子どもたちは自立への道を見失ってもがいています。しかしその道は、最後は自分自身の力で発見しなくてはなりません。そのためには、罪悪感を感じることなく休息したり迷ったりするための、「居場所」を保証してもらう必要があります。こちらから解決のための「答え」を示したりせずに、根気よく待つことが必要です。”(p.192)

〇 〈連携のピラミッドモデルと同心円モデル〉
“最後に、支援に必要な連携について考察します。
支援者は支援者自身のこころを使って、当事者のこころを癒やすための支援を行います。しかし、ひとつのこころが支援できるこころの数には限界があります。本来なら、当事者が自分で気持ちを切りかえながら向き合うはずの未解決の問題という負債を、支援者が「肩代わり」して請け負うようなものだからです。このような支援者の役割と負担のことを、「感情労働」という言葉で言い表すことがあります。
ですから私たちは、多くの人たちが持っている力を出し合って協力しながら支援をすすめることができるように、適切なチームワークのモデルを構築する必要があるのです。
ピラミッドモデルでは、リーダーシップが必要です。学校の教室や、大舎制の入所施設や、精神科の入院病棟など、ある程度の人数の集団を扱う組織を管理するためには、多少なりともピラミッドモデルの要素を備えている必要があります。
困難を抱えた当事者たちを「ピラミッドモデル」だけで支えるということには、限界があるのです。”(p.197)

“「同心円モデル」は、家庭や少人数制の入所施設や、個別対応の教育や福祉のサービスなどにおいてよく当てはまります。このモデルでは、当事者のこころと「理解してつながる」という、もっとも重要な役割を果たしているのは、一番近くにいる一次支援者です。
しかし、普段から当事者と接する一次支援者たちは当事者の症状から最も影響を受けやすい立場にあります。それを、愛情や熱意だけで受け止めようとしていると、支援者が巻き込まれて、燃え尽きてしまうことがあります。
ですから多くの支援者たちが、当事者が何に困っているのか、なぜ困ってしまうのかということについて、理解を共有することが大事です。そして「理解してつながる」ことができれば、もしかすると困難な問題も、平和的に解決できる可能性があるのです。”(p.199)

〇 〈おわりに〉(p.209)
“筆者は、発達障がいとトラウマの問題が混在した複雑な症例について、もっとたくさんの人たちと理解を共有しながら向き合いたいと感じています。しかし、数ある「技法」のほとんどは、ほぼ共通した「理論」の上に成り立っています。そして、その概要だけでも理解できれば、それだけでも、当事者たちの「日常的な関わり」には活用できる、という実感があります。この実感について、一般臨床医の立場から発信する意義があると考え、本書を執筆させていただくことになりました。”
end.