
〈対人支援の熟成⑤〉
〈 Pさんからラインが届きました〉
“トラウマの解消は、安心の場を作ること。これをテーマにして、何が起きてきたのか、何をすべきなのかを田中さんの言葉でまとめてほしい。人を恐怖と不安でコントロールする時代の終わり。安心して自分の体験や想いを語れる小さな場を持つこと。そんな学習会を企画しては、どうでしょうか!“
〈田中からの応答〉
難しい質問が届き、振り返りました。
30年ほど前、送迎と話し相手のボランティアグループを立ち上げる中で、トラウマを抱えた人々と出会ってきました。精神科の若いSWさんから紹介された患者さんのなかに、壮絶な虐待体験をした方がいました。
その人は、自分の体験をほぼ語りつくしてくれました。1冊の本になる物語でした。
私の父はヘビースモーカーでした。時々、ひどく酔いつぶれました。
高校生の私は父の煙草を隣りで吸いこみ、自分は煙草を吸わないと心に決めました。
中学の時、“親から戦争の話を聞いてくる”という宿題が出ました。父は応えてくれませんでした。
いや、応えられなかったのだと思います。父が亡くなった後、母から父の体験を聴きました。
戦争を考える、私が父を乗り超えるテーマとなりました。
「不可視化された日本兵の戦争神経症」(中村江里著・吉川弘文館・2018刊)を読みました。
“トラウマを抱えている人は多いですね”と、40代女性から言われました。(同感)
ある人は、トラウマの影響を避けるために、自分の感覚を解離させました。
影響を避けることはできましたが、自分の成長が止まりました。信頼関係を身に着けられませんでした。
私の質問に答えてくれない点が、いくつかありました。
こどものトラウマを見ないようにする親もいます。精神科医に薬を処方するように求めます。
ある人は、自分を制御できない代わりに、他人を制御しようとしています。フラッシュバック(再体験)
を起こします。穏やかな人間関係が作れません。
ある人は、安定剤・睡眠剤を飲んで、凌いでいます。でも、こどもを愛することができていません。
でも何とかしようとしています。グチャグチャになっていきます。
ある子どもは、父親から母親へのDVを目の当たりにして、時々身体が固まっていました。同級生の女子が
その都度抱きしめてくれました。大人から何も教えてもらったわけではないのに、すごい!母親は
「身体はトラウマを記録する」を読み、二人で両手叩き運動をして、少しづつ落ち着きを取り戻しました。
この子は、体験をきっかけにし、人生の目標を立てたようです。
ある子どもは、日常的に親から虐待を受けてきました。家族の中で日常的に起こると複雑性PTSDに
なります。「フラッシュバック」「解離・麻痺」「過覚醒」を起こします。
忘れようとするより、トラウマを研究する方がいいのでは・・・?そして、小さな場で話してください。
トラウマに苦しむ人に、「身体はトラウマを記録する」を読むことを勧めます。購入した人もいます。
そしてトラウマから回復した人は、それまでとは違う自分になります。
トラウマからの回復は、世界的なテーマです。「語り切れる小さな場」は大事だと思います。
わたしたちのささやかな活動もその一環です。コークいわく、“コミュニティの一員です”。
そのテーマを実現する社会的な環境を整えるには、プーチン・トランプ・ネタニヤフなどから離れて、日本は
EUやグローバルサウスとつながるといいのではないか?そう思います。
「身体はトラウマを記録する~悩・心・体のつながりと回復のための手法」
(ベッセル・ヴァン・デア・コーク著・杉山登志郎解説・紀伊国屋書店・2018刊)を最後に引用します。
“回復のための課題は、身体と心、すなわち自己、の所有権を取り戻すことだ。それは、圧倒されたり、激怒したり、恥じ入ったり、虚脱状態に陥ったりせずに、遠慮なく自己が知っていることを知り、感じているものを感じるということだ。“(p.333)
“私たちの社会は今、トラウマを強く意識する時代を迎えている。幼いころの虐待が健康と社会的機能に
はなはだしい害を与えることを、逆境的児童期体験研究が明らかにする一方で、貧しい家庭や問題を抱えた
家庭の子どもの生活に早期に介入すれば多額の費用が倹約できることを実証してノーベル賞を受賞。“
“こうしたデータを真剣に受け止め、より効果的な介入方法を開発。実施するために根気強く働く人々に私は世界中で出会う。彼らは献身的な教師やソーシャルワーカー、医師、セラピスト、看護師、慈善家、演劇の演出家、刑務所の看守、警察官、瞑想の指導者らだ。ここまで本書を読んでくださったのなら、皆さんもすでに
このコミュニティの一員だ。“(p.581)
“集合的トラウマからの回復に関して最も心を動かされる体験をしたのは、南アフリカ共和国の真実和解委員会
(1995年)の働きぶりを目の当たりにしたときだった。それは、「私の人間性はあなたの人間性と分かちがたく結びついている」と言った理念に表れていた。私たち全員の共通の人間性と運命を容認しない限り真の癒しは不可能であることを認めている。 人間は根本的に社会的な生き物であり、私たちの脳は共に働き、共に学ぶのを促すように配線されている。” (p.584)
“トラウマは私たちの危うさや、人間に対する人間の残酷さを絶えず突き付けて来るが、それと同時に、私たちの
途方もないレジリエンス(回復力)を見せつけてくれる。人間の喜びや創造性、意義、つながりといった人生を生きる甲斐のあるものにしている一切の要素の源を探るように、この仕事に駆り立てられたからだ。“(p.597)
“今やトラウマは私たちにとって最も緊急の公衆衛生問題であり、それに効果的に対応するために必要な知識は、すでに存在する。自らが知っていることに基づいて行動を起こすかどうかは、私たち次第なのだ。“ (p.598)