身体や精神に疾患を持っている人を含め、すべての人が幸せな人生を歩む社会の条件とは?

~ 「10代から考えるこころの健康 ~みんなでつくる だいじょうぶな社会~」(笠井清登著・大修館書店・2025刊)を読んで。

*笠井清登さん~1971生、日本統合失調症学会事務局長。東大医学部教授。

 高校の保健体育に、2022年から40年ぶりに「精神疾患」の項が加わりました。(6ページ)

その副読本として書かれ、今年発刊された本書を、紹介します。
以前は、“精神疾患は廃人同様である。優生手術の対象である” というような記述がありました。
本書は171ページ。全体の大半が、著者が出会った11名の方へのインタビューです。
11名の発言を聞いて、著者が呼びかける “だいじょうぶな社会” を、一緒に考えてください。

〈障がいの社会モデル〉 *熊谷晋一郎さん(東大病院小児科医師、脳性麻痺で生まれた)。

“社会モデルを簡単に言いますと、私(熊谷)の体に障害があるのではない。例えば、私が使えない階段しかない建物、介助者を十分確保してくれない社会制度など、いわゆる健常者、マジョリティと呼ばれる人たちにえこひいきしてデザインされている社会環境の方が変わるべきだ、という考え方です”  (p.71)
“失敗というものをどうとらえるのかが、だいじょうぶな社会のポイントかと思います。
先輩の障害者の姿が、希望のような形で私を導いてくれる“

本書では、熊谷さんの幼少期から、うちを出て全介助で一人暮らしを始めて、小児科医の道を歩き始めた姿をリアルに話されていて、私は吸い込まれるように読みました。
そんな熊谷さんだから、いろいろな人に少しづつ依存するのが自律です、と言えたんだと思います。
どういうことが起こっても大丈夫という感性を持って、ミスを糧にして歩み直せる社会が、いいと思います。

〈複雑性PTSD〉 *死の危険に直面した後、フラッシュバックや悪夢が続き、不安や緊張が高まっ
たり、辛さのあまり現実感がなくなる状態のこと。       

(p.47)
“感情の調節や対人関係が困難になるなどの特徴がみられます。近年、こうした経験を抱える方が、一般にも多いことが明らかになってきました。 小児期の辛い体験が、その後のメンタルヘルスへ及ぼす影響を、知ってほしいと思います。”
“メンタルヘルス教育が目指す知識を活用する力は、精神的な不調に気づくことができ、周囲を助けることができ、援助を求めることができる、ことが実践できることが目標です” (p.58)

私はこのメンタルヘルスの現場を目の当たりにしたことがあります。 トラウマ体験の結果、時々身体が固まってしまう小学生の子がいました。それを見たクラスの女子が、だいじょうぶだよと言って、抱きしめたのです。大人が教えたわけではないのに。しばらくして、固まることはなくなりました。
 そして、トラウマから回復しつつある人たちを見ていると、傷つくことはあっても、その人が壊れたわけではないと感じます。

〈思春期のこころと身体〉

(p.42)


 “本書で思春期を重点的に取り上げるのは、心の悩みや精神疾患の発症が多い時期と重なるからです”
“思春期の始まりである10代前半に性ホルモンが急激に上昇すると、情動を司る大脳辺縁系の機能が
より衝動的でリスクを取る方向の判断を促すように変化します。これらの変化は、将来へのチャレンジや、友人や異性との親密な関係づくりの基盤となりますが、衝動性やリスクの高い行動が行き過ぎに
 なる危うさもはらんでいるといえます。 一方、自分の行動を制御したり、客観視したりする理性的な
 能力を司る前頭前野の成熟は緩やかに進みます。思春期には、メタ認知の機能により、 自分が相手からどう思われているか、どうみられるのか が気になってきます。こうした脳やこころの発達が起きる思春期に、精神疾患の兆しが表れることが多いとされています。いじめ・虐待・不登校などの家庭や学校での環境要因も、往々にして絡んできます。“

  私のSW経験論ですが、思春期は信頼関係を造ることが先です。それなしにSEXをすることはお勧めできません。依存になり、自律につながっていかないことが多いからです。
 お互いの関係が深まっていくと、だいじょうぶになっていきます。

〈社会モデル・多様性・包摂・共同創造〉

 (p.115 p.122)

“だいじょうぶな社会に向けて必要な要素と考え方として、障害の社会モデル・多様性(ダイバシティ)
・包摂(インクルージョン)・共同創造(コ・プロダクション)・アンチスティグマについて解説します。
 共同創造は、もともとはノーベル経済学賞のエノリア・オストロムによって提唱された概念で、組織の内部にいない人たちが商品の生産やサービスの提供に関与するシステムと定義され・・・
これを精神保健サービスに当てはめると、精神保健サービスの提供者は、精神疾患・障害の当事者であるということになります。“
 “さらに踏み込んで言えば、精神疾患を持つ当事者が、個人としてだけでなく、集団として精神医療の体制から閉鎖的な処遇を受けて来たという歴史があることを忘れてはなりません。これを集団的トラウマと言うことがあります・・・その時に共同創造の理念をぜひ思い出して、自分の多数派性を自覚し、少数派の人との関係にどのような勾配や非対称性が潜みやすいかに思いを致すとよいでしょう”

私は本書で初めて、社会モデルとしての “共同創造” という考え方を知りました。
 今年4月、心不全で入院し、突然死には予兆がないんですと言われ、心臓除細動器を埋め込み、身体障がい者手帳1級を取得しました。 
初めて少数派になり、非対称性を、戸惑いながら体感しているところです。

〈東大病院での試み〉

(p.126)

①  “精神障害に経験を持つ医療スタッフ・ピアサポートワーカー数名を、治療チームに加わっていただいています。”
②  “医学生に、ダイバーシティ・インクルージョン・共同創造を実践的に教えたり、障害のある学生が医師を目指せるようにようにと願って、医学のダイバシティ教育センター を設立しました。”

 著者は、自分のところでできる “だいじょうぶな社会” を創り始めました! ピアサポーターや
障害ある学生が医療・医師を目指せることを応援している、と伝えています!
高校生にできる “だいじょうぶな社会” を考えてみてください。

〈医療的ケア児をケアする親の会(22 Heart Club)〉 

(p.146 p.161 p.164)

 “22q11.2 欠失症候群です”
“うちの子は大学病院に初めからお世話になり、複数の科にまたがっていろいろな治療を受けることができました。カルテ上で情報共有が可能でした。苦しく感じたのは、地域の医療です。知られていない病気なので、小児科や内科の医師に怖がられました。”
“染色体の片方の一部が欠失することによる、染色体起因性症候群で、国の難病に指定されています。”
“身体障害と知的障害が重複する場合や、・・・医療・教育・福祉などの制度がどんどん縦割りとなり、
そうした社会システムからどのように排除されやすいかについて考えます。
障害を解消するポイントは、社会環境側です“
“希少疾患だからということを社会制度の不備として責任を追及されないことの理由にしないこと、
重複障害があっても本人のニーズに合った医療・教育・福祉サービスを受ける権利を保障することが、
誰一人として取り残されないいいクルーシブな社会に実現に向けて必須です“ 

 これも初めて聞いた難病(22q11.2 欠失症候群)の会でした。 
誰一人として取り残さないのが、だいじょうぶな社会・・・。

〈メンタルヘルスとは&学ぶ意義〉 

(p.37 p.45)
“人間の健康とは、身体の健康と精神の健康の両輪のもとづいて、生活と人生の充実と希望を感じることができる状態です。
高校でメンタルヘルスを学ぶ意義は、自分の状態が心配になったときに、ある程度の目安とか、自分の状態を俯瞰して見るための手助けになるのかな、と思います。“

 本書は副読本という枠を超えて、だいじょうぶな社会を造る礎となることを、目指しています。
自分の状態を俯瞰して見る。世阿弥の“離見の見”(演者が、自分の演技をあらゆる方向から見ること)を思い起こします。

(田中敏夫記)


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