「対人支援者が言語化能力を身に着け、内面の成熟が伴うと、理想形になります。」

~対人支援の熟成 ⑩~
言語化能力と自分自身の内面の熟成
「スーパービジョンへの招待」(河野聖夫著・奥川幸子監修・中央法規刊・2018)を読みました。
前回紹介した「身体知と言語」(奥川幸子著・中央法規刊・2007)の最後にはこう書かれています。
「堅実さと誠実さに確実な技術・アートに裏付けられた援助者の存在そのものが、そこにいるだけで相手を癒し、こころを開かせてしまうのです。素質だけの癒し人ではない証拠に、応用も効きますし、対象を選びません。これこそが、 存在そのものがプロフェッショナル です。」(p.564)
「援助者の熟練度が上がるほど身体に入れる量も大きくなります。ただしその質が問題で、深層感情への理解度が増してきますので、双方の魂が呼応する機会も増えていきます。・・・なお洗練された専門職
としてアートとしての技術を獲得されたかたであれば、かなり無限とも見紛うような厳しさを伴った究極の優しさを周囲に放ちます。」(p.566)
「熟成の行先は。 ここで記していることは、これまでの記述とは異なり、私が積み重ねてきた実践の中で検証できている内容ではありません。本書で少しだけ表現しておきたく、感覚の段階で入れました。」
(p.567)
「ですが今は、自分自身が “現在の社会においてどのような老いと死を迎え、病(障害)に対処していくのか” という課題どころか渦中に入っています。話を本題に戻しますと、当時の私が存在の危機に直面し、精神分析医のところに通っていたころ、かつて関わったクライアントから突然の電話がありました。」(p.568) ⇒ 奥川さんは2018年死去されました。
「自分自身の能力を持てあまし、その能力に見合う身の丈・知性を身に着けるまでは相当苦しみます。
ですが、言語化能力を身に着け、自分自身の内面の成熟が伴いますと素晴らしい援助者になります。
この姿が対人援助者の理想形だといつしか考えるようになりました。」(p.571)
私の感覚の現段階での、熟成とは
私は 「身体知と言語」を、対人支援の日本におけるバイブルと、思っています。
私も感覚の現段階で、熟成について書きたいと思います。
対人支援の熟成とは、支援者と相談者が熟成した関係になること。そして、相談者が自律して、選択して、生き始めること、ではないか?
中には、魂と魂が交流するような関係になることも、そして魂を使うときもあります。
相談者が、相談に来た人を断ることはありません。もちろん、途中で放り出すこともありません。
その人が自ら選択して、道を歩み始めます。
その人とアセスメントし、共に方向性を見出そうとします。
好き・嫌い を感じることもありません。ただ、その人を丸ごと受けとめ、寄り添うのです。
選別して受けとめる方が、難しいと思いますが。 このケースは難しい、と感じることはあります。
丸ごと受けとめるので、騙されることはあります。半年もすれば、騙されたとわかります。
相手もばれた!と感じます。
家族支援でいうと、変化しやすい人から関わり、一人変わり始めれば周りに波及します。
困難な人は最後にします。
例えば、不確実性に耐えるときは、黙って小舟に相談者と乗って、川下りをする時間を持つといい・・・。
相談者と二人きりでなくて、親や友達と3人以上で話し、相談者以外の人と対話すればいい・・・。
少しづつ、見えてきます。
例えば、一人暮らしのおばあちゃんの人生を聞いたことがあります。3時間半。 黙って聞きました。
その人は、それ以来連絡がありませんでした。話し切って、納得したようです・・・。
そうしたプロセスの中で、言語化能力が鍛えられ、振り返りを繰り返しながら内面の熟成が深まっていくのではないでしょうか? この続きは、いずれ書ければと思います。
相談者に 好き・嫌い を感じることはありません
奥川さんの遺言のような「身体知と言語」を引き継いだ、対人支援技術を鍛える中から熟成とは何か?
が、「スーパービジョンへの招待」に書かれているのではないか?
そう考えて、読みましたが・・・。
河野さんの本は、「社会福祉の方法論を極めるべく勤勉努力をされてきた方」 「本書はスーパーバイザーの立場にある人にとっては必携書になるほど、スーパービジョンの全体像を細部に至るまで表している労作です」 と、奥川さんは冒頭の “監修のことば” で紹介しています。(p.2)
その通りでした。 細部に至るまでの労作で、気づかされるところがたくさんありました。
そして、一つだけ私にはわからないところがありました。
スーパービジョン実践への理解を深める の項で、
「自己覚知は難しい。技術を磨けば、無意識に感じてしまう 好き・嫌い という感情を抑えて良い援助ができるようになるのか?」 という質問。(p.276)
著者からの回答が、「自らの 好き・嫌い の感情への対処は、内省化によって自己覚知を始めるところから始まる。そもそも私自身は、 好き・嫌い という人間的な感情を抑える必要はないと考えている。ただ 好き・嫌い の感情から、援助場面で差別することは避けなければならない。」
「統制された情緒的関与の原則、バイステックによれば、抑制ではなく統制が求められるもの」
「難しいからこそ、自己覚知を深め、自らの人間性を整えていくための内省化を図るスーパービジョン実践が必要となる。」(p.278) でした。
相談者を丸ごと受けとめる
*バイステックの7原則~アメリカの社会福祉学者。「ケースワークの原則」を1957年刊行。
バイステックの7原則の中に、「個別化の原則」があります。 「相談者は、ある範疇に属したものとしてみなされたくない。ひとりのかけがえのない人間として遇されたい」 です。
そして、「統制された情緒的関与の原則」は、「支援者が相談者の感情に飲み込まれないようにする考え方。相談者の心を理解し、自らの感情を統制して接していくことを、要求する考え方」 です。
「非審判的な態度の原則」もあります。「問題解決は相談者自身が行う。支援者は、相談者の考えや行動を判断せず、あくまでもサポートする立場です。」
私は、相談者を丸ごと受けとめることだと考えてやってきました。
好き・嫌い を感じるようでは、よい支援はできないのではないでしょうか?
感情で差別することもありません。昔、差別のことは潜り抜けました。今も、自分を磨いています。
あえて NO という時もあります。しかし、分岐点で道を選択するのは相談者です。
(田中敏夫記)
