問題提起

〈心は傷ついても必ず回復します。 回復した心は、傷つく前と全く同じではないということです。〉 ~ 桑山紀彦さん・精神科医。 国内外の紛争地・被災地で傷ついた心のケアを続けて30年 ~

8.10 朝日新聞(オピニオン・インタビュー記事)の、「心のケア苦手な日本」「パレスチナの少女・トラウマと向き合い・成長への“資源”に」を読んで、やはりこういう先達がいたんだ、と思いました。
30年に渡り紛争地や被災地で、傷ついた心のケアを続けて来た桑山紀彦Dr. は、「トラウマは人生を変える資源」と断言。 そして、“なぜ日本では、心を支えにくいのか” と、問いかけました。
(思春期が専門の 海老名こころのクリニック院長。NPO法人・地球のステージ代表理事。1963生)

〈8.10 インタビュー記事の要旨〉

  1.  私(桑山さん)が精神科医を志した原点には、自分自身のトラウマ体験があります。
    小学校から高校まで、教室の中でずっと浮いていました。友達ができないし、体が思い通りに動かせないという感覚もあった。
    トラウマになっていた。
    初めは自分を救いたかったからです。私の経験からも断言しますが、心は傷ついても必ず回復します。回復した心は、傷つく前の心と“全く同じではない” ということです。
    そうです。苦しみや悲しみも“自分らしさ”の一部であり、それらを通してでも、人はつながれると知ることが大事です。 人間の心は強い。
    ただし、心のケアには他人の手が必要です。
    日本だけができないはずがありません。
  2.  トラウマとは、いわば凍りついた記憶と感情です。
    トラウマはバネになる。人生を変える起点にできるということです。
    そのためにはつらい記憶を、なかったことにしないことです。
    2015年、パレスチナ自治区ガザで、イスラエルの爆撃で母と姉妹を失った2才の少女は、母を知らないことが苦しいと言いました。参加者は、母親がどんな人だったかを話しあい、想像し、一本の映画を制作した。 最近、19才になった彼女と会いました。弁護士目指して法学部で勉強していました。
    母の命は守れなかったけれど、他の誰かの命を守れる人になりたい!
    克服というより、トラウマに向き合うことで人は成長することもできるのだと、教えられました。
  3.  私が各地で試みているのは、ノルウエ―で学んだ「心理社会的支援・PSSというプログラム」です。
    三つのステップを踏んでいきます。

    1. まず、物理的に精神的に安全な環境を確保します。
    2. 辛い記憶やそれにまつわる感情を、絵や粘土細工や映画制作等の創作活動を通して表現する。
    3. 一緒に取り組む仲間や、作品を見てくれた人たちから感想や質問をもらい、最終的には 自分らしいトラウマの物語 を作り上げていきます。

    この目的は、「社会との再結合」です。トラウマを抱えた人は、自分だけがと孤立を深めていきます。
     自分の経験や感情を表現し、それが他者に承認され、社会ともう一度つながれたという感触を得ることが、傷ついた心の回復につながっていきます。

  4.  ただ、いろんな国で活動してきて唯一 心のケアが難しい、と感じた国があります。 日本です。
    3.11 東北大震災で、3か月後に被災地の学校へ招かれて、PSSのプログラムをやろうとしたのですが、難しかった。
    “子どもたちをあんな恐ろしい経験と向き合わせるなんて、ありえない”
    “子どもが不安定になったら、どう責任を取ってくれるんだ” といった激しい反発が教員の皆さんから出ました。
    日本の社会がずっと、トラウマを“触れてはいけないもの”として扱って来たから…。
    場所を、学校から避難所に変えることで、プログラムは無事実施できました。
    写真をたくさん並べ、富士山や桜や津波やがれきを置いたら、多くの子が後者を選び、被災した体験を懸命に語り始めました。みんなで “こういうことだったかもしれない” と語り合い考えました。
    この作業では、苦しみは消えません。でも、仲間がいるから向き合える。トラウマと共生できるようになる。
    日本は、他の国と比較すると、いまだにこの “向き合い” が苦手だという印象です。
    日本社会では、“心に傷がないことが良いことだ” という意識と、“みんながそうあるべきだ” という意識がセットになっている。
    トラウマは、どんな人でも抱える可能性があります。にもかかわらず、日本では “マジョリティー(多数派)じゃなければまともじゃない。恥ずかしい” という意識が強く働いているように思います。

〈感想〉

  • “向き合う” と聞いて思い出すのは、〈トラウマの現実に向き合う〉(水島広子著・2010刊)です。
    新聞の書評欄で中井久夫さんが紹介しました。
    その本は~ トラウマを抱えた友人に水島さんが友人として向き合い、回復し、人前で自分の体験を話せるようになったエピソードから、始まっています。
  •  “向き合えない専門家・支援者も多い” と感じます。
    結果として、“凍り付いた記憶と感情” を持ち続けている人は多いと思います。
    そういう人が、この記事を読んで 感動&共感 してくれたら嬉しいです。
    たとえば、保育園や小学校低学年で、周りの子に理由もなく攻撃的になる子がいます。 その子にトラウマの影響を 感じる ことができれば、回復につながると思います。
  • 「トラウマと向き合うには、専門家の力が欠かせないのでしょうか?」(高久潤さんの質問)に、桑山さんは応えます。
    “専門家の力を借りるのは全体の15%。残りの85%は、社会の中で癒せる。周囲の力を借りることで、傷に向き合えるようになります。文化と言語が違っても、心の傷や回復の過程は、世界中どこでも同じです。“

(田中敏夫記)